2025年09月17日
6月は出張から始まった。新幹線の車中でいくつかの案件の処理しながら名古屋経由で高蔵寺に向かう。恒例の中小企業大学校瀬戸校での「経営者管理者養成講座」の講義のためである。
今回は第35期になるそうだが、塩見は29回目の登板である。時代の大変革が起こった。1995年の2年後(1997年)から講座を担当させていただいている。考えてみれば、40代半ばから毎年、瀬戸校へ通っていることに驚く。よく続いているものだ。
この講座は、6月から11月まで月に5回、合計30回の講座で構成されており、2日目からはゼミ形式で自社の中期計画をまとめ、11月に発表するというスタイルである。初日の塩見の講座だけは、時代の捉え方や中小・中堅企業のあり方、あるいは経営者論などといったマクロ的な視点を重視しながら、できるだけ具体的な話題を提供している。
3日(火)の朝のニュースで“ミスタープロ野球”こと長嶋茂雄さんが89歳で亡くなったことを知る。月と自称されていた故 野村克也さんが太陽と呼んでいた人である。実は20代の頃に血液型に凝っていたのだが、その時に両者の血液型が同じB型であることを知った。塩見がB型だけに、正反対の性格の2人が共にB型であることを最も納得していた気がする。それにしても89歳(野球)と3日(背番号)など、ミスターはやはり野球人だったのだなぁと感心する。
実は前日の2日に、スポーツライターの浜田昭八さんが91歳で逝去された。日経新聞のスポーツ欄は浜田さんのコラムだけを読んでいた気がする。組織や世間と関係なく、何が正しいのか、何のために必要なのかなど、あるべき姿からモノを説き起こし、見事な文章でまとめられていた。考え方も文筆も参考にしていた本物のライターであった。
3日の夜に名古屋から京都に入り、今年の「京都老舗体感ゼミナール®」の候補先企業2社を訪問する。6時からは漆の材料店、7時半からは、今年がちょうど百年目を迎える京都では珍しい西洋料理の老舗店である。社長らとの話が長引いてしまい、宿泊先のホテルへのチェックインは10時を過ぎてしまった。
4日(水)に訪問した京都の顧客先企業は、現在「会社物語」の制作中である。新しいビジネスモデルを構築されている最中だけに、自社の考え方をオープンにして社会に浸透させるには最高の時でもある。
この日厚労省が、2024年の出生数が68 万 6061 人で1899年の統計開始以降初めて70万人を割り込んだと公表した。合計特殊出生数も1.15と過去最低である。少位推計ではなく中位推計で基準値を立てているため、事実に追い付いていないのだ。ちなみに、東京の合計特殊出生数は0.96と1を割り込んで数年になる。
6日(金)の夕方に吉祥寺で、108年の歴史を誇る顧客先企業の経営者の「個展」を見学する。驚いたのは、単なる趣味を超えたレベルのデザインスケッチだったことである。
古希野球の関東大会に出場。一回戦で前年度全国王者の埼玉坂戸古希クラブと対戦。走攻守すべてに隙のないチームで、1-5で敗退する。初回先頭打者として初球を中前へライナーの安打を放つも、二番打者の一塁ライナーでダブルプレーになったのが痛かった。
敗れはしたが、3打数2安打1得点2盗塁と、個人的には全国レベルと戦える気がする。