2022年02月
2022年02月24日
静岡県の団体から依頼されていた浜松・沼津・静岡地域での講演が、第6次新型コロナウイルス感染症によって6月以降に延期されることになった。静岡県や新潟県のように東西に長い県は多いが、そのため県単位で依頼される講演はだいたい3ヶ所の会場が必要なため日数も増えることになる。
今週の前半の予定を新たに組み直し、月曜日と火曜日は顧客企業とのオンライン会議に2日続けて出席する。いずれも2時間の会議だが、最近はweb会議もコンサルティング手法の1つになっている。ただ、「服の上から背中を搔いている」あるいは、「搔いてもらいたい場所の周辺を掻いている」気がしていることも確かだ。そのため、事前の資料の準備がより重要になってくると言えるだろう。
木曜日は、定期的に行っている顧客企業の新分野への事業戦略のための研修会である。今日は参加者にどのくらいの知識レベルがあるかについて、試験問題を作成して解答してもらうこととした。そこそこのレベル差があることがわかる。講師としては、参加者の知識と経験、さらにはその人の考え方などを知っておくことは重要なポイントでもある。
金曜日の夕方に3回目のコロナウイルスの予防注射を受ける。本人としては、インフルエンザの予防注射もしたことがなかったうえ、かかったこともなかったので受ける気はなかったが、今回は第三者に対する影響を考えて昨年7月に2回連続して受けておいた。
顔なじみの医師からは2~3日は気を付けください。特に明日は自宅で静養された方が良いと言われたが、土曜日はソフトボールと野球の練習が予定されていた。無理しない程度に参加して、そのまま大阪に出張となる。
月曜日の大阪講演が朝から始まるので、前日入りだ。1回目も2回目も何の変化もなかったが3回目の注射の後も、今のところは全く変化がない。3回目の後は副反応が起こる確率は80%と言われているだけに、何も効いていないのかもしれないと不安になってくる。
今週の特筆は、やはり北京五輪の女子フィギュアだろう。悲劇、不遇、不条理、不運という言葉が浮かんでしまった。ジャンプ混合の高梨選手のケースも同様だが、考えてみると、世の中にこうした言葉があるということはそれなりにあり得るとも言える。「全ての出来事には意味があると言われている」という他力で考えるのではなく、「自分自身それぞれがこの状況に意味があるように考える」ことの方が重要ではないだろうか。
我以外 皆我が師なり 春北風 哲
2022年02月16日
先週は土曜日の夜に福岡空港から羽田に戻る。今週は月曜日から品川から新幹線で京都・大阪に向かう。東京には日曜日だけの滞在だ。
溜まっていた新聞数紙の3日分ほどを熟読しながら、品川エキュートの駅弁と車内販売のコーヒータイム。新幹線のホットコーヒーは最近特に旨くなっている。聞くところによると、1ヶ月に10万杯売れるらしい。
2011年に独自ブランド「アロマエクスプレスカフェ」を立ち上げて開発を本格化し、既に20回以上のリニューアルを繰り返してきたという。出来立ての熱いコーヒーを提供するため、車内でコーヒーマシーンを使って淹れてくれるのだ。いつも1杯330円のレギュラーサイズを頼んでいるが、たまにはラージも頼んでみようか。
関ケ原周辺は積雪のため徐行運転となり、10分程度到着が遅くなった。
火曜日(8日)に京都で立ち寄った書店で購入した2冊のうち、1冊は昨年買った文庫本だった。昨年は正月に年間100冊を読むと公言して、結果的に106冊を読了した。今年は目標を立てていないが、昨年からのペースが続いていて1月だけで既に9冊を読み終えている。同じ本を購入するなどは昔から比較的よくあることなので、それほど驚かないが、知った時にはいつも落胆する。
最近はコロナ禍だけに、友人や知人らと会う機会が無くなっていたが、今回は、大阪や京都で短時間会うことができた。コロナの濃厚接触者になったなどという経験談を聞く。陽性者より濃厚接触者の方が大変らしい。地球全体が大きな影響を受けているが、それでも古都ではあちこちで外側が黄色で内側が濃い紫の蝋梅が、季節の変化を魅せてくれる。色や香りはモチベーションをアップさせる重要な要素でもある。
大阪では今年3回目になる一日講演会。企画担当者も濃厚接触者になって、しばらく在宅勤務だったらしい。講演後に大阪から京都に戻り、木曜日に顧客企業を訪問。夜に東京へ戻る。関東は大雪情報だったので、交通機関のストップを心配したがニュースで聞いているほどではなかった。
北京五輪は観戦する時間がなかったが、祭日に、スノーボード男子ハーフパイプ決勝戦とスノーボード混合団体(男女2人のスピードレース)の準決勝と決勝戦を観戦する。二刀流の平野歩夢君の大逆転金メダルは、スポーツというより芸術品である。芸術家(職人)だからこそ決勝2回目のルーティンに対して試合後に語っていた「ジャッジの判断基準」は重い言葉と言える。
彼も大谷選手らに代表されるZ世代の一人である。
2022年02月09日
今週から翌週にかけては出張や地方講演が続く予定だったが、最初(2月1日~2日)の地方出張が3時間ほどのWeb会議に変更となる。
議題は幾つかあったが、なかでも、コロナ後の値上戦略に関するテーマが中心だ。商品やサービス料金の値上げは、会社再建などを行っていた30代前半に様々な対応法をしていた経験があるだけに、値上げのタイミングなど、戦略的な値上げ手法などについて早速レポートにまとめて提供することにする。
2月3日は節分。少し早めに帰宅して、手作りの恵方巻で夕食をとる。今年は北北西を向いて黙って食べる。夜には豆撒き。我が家は季節のイベントは恒例のごとく続けている。
翌日の4日は二十四節気の一番目の立春だ。1872年に「改暦の詔書」が出されるまで、日本では1000年以上使われていた旧暦である。つまり、旧暦では立春から新年が始まっていた。2月4日は正月なのだ。この時期(2月4日~8日頃)を七十二候では「東風凍(こおり)を解く」という詩的な表現をしている。
金曜日の立春からは佐賀県で2日連続の講演会である。4日の午後は地元商工会の主催、5日の土曜日は、ダンの出身者であるE税理士事務所主催の講演会だ。いずれも、地元の若手経営者に対する「経営講和」で、それぞれタイトルは違うが、ポイントは「何の為に会社は存在しているのか」である。
特に、地域密着型中小企業の考え方やコロナ禍における地域社会との関わり、さらには、異常時の中でどんな対応をしてきたかという実績は、コロナ後の企業の生存に影響を与えることなどについて具体例で解説することとした。地元の若手経営者はE税理士の指導の賜物か、かなり積極的な方ばかりで、様々な角度からの質問もいただいた。
講演後の質疑応答は最も楽しみにしている時間帯である。なぜなら、講師がその場で考えなくてはならない質問がたまにあるので、これが大変嬉しい。「なるほど、そういう考え方もあるのか」と新しい切り口などを知ることができ、そこで、その考え方をベースに発想を膨らませることができるからである。
金曜日の朝は7時過ぎに家を出た。乗り継ぎの連続でモノレールで羽田空港に入る。それにしても、朝の羽田空港の閑散たるもの。乗客より空港スタッフの方が数倍多い感じであった。
福岡便も間引きが多く、機内の座席は全て一人飛ばしである。そういえば、今年の立春はコロナ禍で開催される北京冬季五輪の開幕日でもある。
2022年02月02日
週明けから埼玉県浦和での一日講演会で今週がスタートする。コロナ禍では主催者も大変で、実行するか中止するかの選択だけでなく、実行するならどのような工夫が必要か、中止するなら代替日をどう決めるのか、この場合の損失はどのくらいかなど、数多くの選択肢から最適な方法を考え出さなくてはならない。今回は、200人の会場を80人に絞り込んで開催となった。
また、参加者は参加者で大変である。コロナ禍の参加は不要でも不急でもないが、そのための健康チェックや普段の交通手段など、やはり数多くの選択肢から最適な方法を選択して参加している。まさに新型コロナウイルスは考える武器を持っている人間に「考える力」を実践させているのではないかと思えてくる。
講師も大変である。最も大変なのは、講師は「新型コロナウイルスに感染できない」ということだ。少しの体調悪化(風邪や腰痛など)なら薬を飲んで注射でも打って何とか演台に上がれる。ただ、コロナは外出できないため講師が会場に行けないことは全てをぶち壊してしまうということになる。主催者、参加者、会場提供者など、数多くの個人や企業にとんでもない損害を与えてしまうことになる。このプレッシャーはなかなかのものでもあるのだ。
また、コロナ禍での参加者には、通常以上の配慮もすることになる。わざわざ出向いてもらっているので、参加料以上の価値をどう提供するかを考えるからだ。そのため、参加者の感想などは気になる点でもある。
今回は、「大変愉しい時間を過ごせた」というコメントや「先生、タフですね」というコメントを多くいただいた。少し趣旨と違う気がする。
今週は東京中心で動いていたが、最近のクライアントとの相談事項では経営者と社員におけるコミュニケーション不足の話題が多くなりだしている。互いの伝え方の問題で「社会人力養成講座」の一つにある「伝達力」という考える力の使い方の問題なのかもしれない。
27日に行ったダンコンサルティングの月例ミーティングは、4月から始まる「社会人力養成講座」の「質問力・分解力」に関する講師選定がテーマとなった。そこですぐに、国際弁理士のY先生と打ち合わせることとした。
冬晴れが続く中で、今年も早くも1ヶ月が経過している。コロナ禍だけに、外食することがほとんどなく、家飲みが中心になっている。帰路に夜空を仰ぐと、経済活力が沈滞しているからか空が澄み切っている。